通学路

この7月8日より孫の通学にかかわっております。

ここは集団通学ではありません。

個々人が集まって、ここに学校に通っています。

誰がどのようにということはありません。

何故だろうかと思いますが、責任の問題があるからではないだろうかと思います。

孫だけを見守ることもできません。

一緒に行く子供は私にとってはみな一緒です。

危ない行為をしているときは声を出します。

はじめのころはみなが決められたところを通っておりましたが危険が多すぎます。

いろいろ通学路を試してみましたが、今では帰りに使っている道を行き帰り通学路としています。

ボランティアの方もおられます。

昨日学校に警察、教育委員会の方が安全確認に来られていました。

声をかけていただきましたので現状を話しました。

少しでも改善されるのであればいいのですが。

私も少なからずかかわっていきたく思っております。

道路が拡張されるには30年もの期間が要されています。

すぐには実現できないでしょうが子どもたちの安全のために。

大人でも対応できないことが見受けられます。

子どもたちは急に道に飛び出したりします。

通学路に車が止まっている場合もあります。

草や植木がはみ出しているところも見受けられます。

孫を持って初めての経験。初めて知ることばかりです。

私の子供のころはどうだったでしょうか。

私が年長で小さな子と共に通った気がいたします。

小学1年生のころは誰かいたのかな。

車も自転車も通らない坂道を歩いていました。

大きなクスノキがあり、森繁久彌さんの邸宅がありました。

子どもたちのころは、成田ではバス通学。柏の時は小学校まで2,3分。

意外と恵まれていたのでしたね。

高槻に戻ってきてから35年。何も知らずにいたわけですね。

子どもたちを守るのは親ですが、地域社会も同じですね。